過去の挑戦

1986~1991

故・多田雄幸氏に弟子入り。様々な経験を経て、太平洋単独縦断を達成

少年時代に船で海を渡るという夢を抱き、三崎水産高等学校在学中に単独世界一周ヨットレースで優勝した故・多田雄幸氏に弟子入り。 その後、ナホトカ-室蘭「日本海ヨットレース」、ニュージーランド-博多・記念レースなどにクルーとして出場。 1989年 多田雄幸氏の第3回BOCレース出場をサポートしながら修行を積み、1991年にシドニー-伊豆松崎間 太平洋単独縦断を達成する。

1993~1994

スピリット・オブ・ユーコー号にて“世界最年少単独無寄港世界一周”を達成

1993年10月〜1994年3月 スピリット・オブ・ユーコー号で単独無寄港世界一周にチャレンジし、無事成功。 当時26歳での単独無寄港世界一周は世界最年少での達成記録となった。乗船日数176日。走行距離46,115km。

1996

「エコ・チャレンジ」ブリティッシュ・コロンビア出場

山、川、海など、各地の自然をフィールドに、多種目なアウトドア競技をこなしながら、 ゴールを目指すアドベンチャーレース「エコ・チャレンジ」に出場。 (走行距離500km以上を人力のみで走破する耐久レース。女性を含む5人1チーム、1人でも欠けると失格となる。トレッキング・カヌー・ラフティング・ロッククライミング・マウンテンバイク等が含まれるレース)

1997.2

「レイド・ゴロワーズ」南アフリカ大会出場 日本人最高の11位

アドベンチャーレースの元祖と呼ばれ“人間版パリ・ダカ”と評されるほど、 世界でもっとも過酷なアドベンチャーレース。女性を含む5人1チームが全員一緒に多種目の競技をこなしながら、 地図とコンパスだけを頼りに秘境といえる自然の中をさまよい日本人最高の11位でゴール。

1998.8

双胴船「エクスプローラー号」のクルーとして、横浜〜サンフランシスコ間 世界最速横断記録を樹立

世界的セイラー ブルーノ・ペイロンの愛艇<双胴船(巨大カタマラン)エクスプローラー号>に乗り込み、 横浜〜サンフランシスコを14日間17時間で横断し、世界新記録を樹立。

2000

キャメルトロフィー・トンガ/サモア2000出場。

国別対抗形式で行われ、各国2名の参加者が1台の自動車に乗り、その日毎に課されるタスクを2名で力を合わせて攻略していくレース。 “キャメルトロフィー”は一生に一度しか参加できないレースとしても知られ、白石は約2000名の応募者から日本代表に選ばれ出場を果たす。

2002〜2003

単独世界一周ヨットレース「アラウンド・アローン」参戦 クラス II 4位を記録

2002年9月 世界4大ヨット・レースのひとつ「アラウンド・アローン」に参戦。 風力のみで世界一周(4万3200キロ)を単独走破するという過酷な条件のなか、 クラスII(40フィート)見事4位で完走。大会総日数235日。走行距離約5,000kmを走破した。また、クラスIIで最速の「ハリーミッチェル賞」を受賞した。

2006〜2007

単独世界一周ヨットレース「VELUX 5 OCEANS」参戦 クラス I 2位入賞

2006年10月 4年に1度開催される最も過酷なヨット外洋レース「VELUX 5 OCEANS」に参戦。 24時間×8ヶ月が”1試合”というスポーツ史上最も長いレースのなか、クラス I(60フィート)で”アジア人初出場・2位入賞”というWでの快挙を遂げる。

2008

双胴船「Gitana13」でサンフランシスコ-横浜間 世界最速横断記録を樹立

フランス人セイラー ロイック・ペイロン氏の誘いで、サンフランシスコ〜横浜間の太平洋横断記録を打ち立てるべく、 フランスの双胴船「Gitana13」にクルーとして乗船。 サンフランシスコ〜横浜間を、それまでの14日17時間を大幅に更新する11日00時間での驚異的速さでゴールし、見事世界最速横断記録を更新した。

2016.6

大西洋横断ヨットレース「TRANSAT NY-VENDEE」参戦 第7位

白石の念願である「VENDEE GLOBE」。 その「VENDEE GLOBE」最終予選と位置付けられている。 船を購入してからわずか2ヶ月ととても短い準備期間で挑んだレースであったが、白石は14艇中7位の成績で完走し、「VENDEE GLOBE」の出場権を獲得した。

2016.11

単独無寄港無補給世界一周ヨットレース 「ヴァンデ・グローブ」出場

最も過酷な世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」へアジア人として初めての出場を果たす。 白石は一時、29艇中12位と好位置につけていたが、スタートから約1ヶ月後の南アフリカ・ケープタウン沖にて、マストトラブルに見舞われ無念のリタイア。